のなめブログ

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存在証明

突然、僕は銃殺された。

僕は学校の帰り、ある女の子と会うことになっていて、府中の駅で降りて国分寺方向へ向かおうとしていた。

僕はそれをデートと呼びたいところだが、別にその子を恋人にしたいとは思わず、また思っていたとしても僕には不可能だということが経験上わかっていたので、本当にただ友達として遊ぶ、ということが目的だった。

遊ぶと言っても、僕は女の子はおろか男の友達ともろくに遊ばない人間だから、どう遊んでいいのか知らず、お店で話でもしながらゆっくりする、というのがメインだった。

ダーツとかビリヤードとか映画とか、そういうツールなしでは繋ぎとめられないような関係なら僕はいらない、というよくわからない口実で、僕は「遊ぶ」というとだいたいトークだけで過ごす。

恋人にしたいと思わなかったとはいえ、その女の子に彼氏がいるなんてその時は知らなかったから、少なからず僕はデートを楽しみにしていた。

自転車を走らせて国分寺へ向かう途中、息が臭かったら何か嫌だなと思って、途中コンビニに寄ってガムを買った。

普段ガムなんて買わないけど、みっともないのは嫌だから珍しく買った。

コンビニを出たとたん、僕は誰かに銃殺された。

コンビニの店員や客もびっくりしていたが、一番びっくりしたのは僕だ。

急に殺されたんだもの。

僕はすぐに、いや実際すぐにじゃなかったけど、救急車に乗せられて病院に運ばれた。

救急車が来る前に、僕はすでに死んでいた。

身元は調べられて、家族が病院に飛んできた。

びくともしない僕を見て、家族はひどく悲しんだ。

両親はその後気が狂って精神病みたいになるのだが、最終的に「犯人を絶対に殺してやる」という結論に落ち着いたようだ。

数日後に僕の携帯が解約されるまでに、6通のメールが届いていた。

一つはマクドナルドからで、一つはTSUTAYAから。

それからバンドメンバーからスタジオの予定の確認メール、大学の知り合いから履修関係の質問メール、高校の元クラスメイトからアドレス変更のお知らせメール。

さらに、デートの女の子からメールが来ていた。

それは僕が撃たれた数分後に受信したメールで、「ごめん、今日急に予定入っちゃって行けなくなっちゃった!また今度誘ってm(__)m」というような内容だった。

彼女は詳しく用事の内容を言わなかったが、彼氏が急に会いたいと言ってしょうがなく会うことになって僕とのデートをすっぽかしたようだ。

僕は自分の交流関係をほとんど家族に教えたりしないし、定期的に会う友達なんてほとんどいないから、僕の死はあまりまわりの人に知られずに済むのでよかったと安心した。

まずセブンイレブンはもうやめてしまったから、僕が生きていようと死んでいようとわからない。

高校の人間はやっぱりまったく連絡を取らないから、生きていようと死んでいようとわからない。

大学なんて学生が一人死んだくらいで何も変わらない。

バンドの仲間はさすがに気付くだろう。

というかその前に母の連絡によって、バンドメンバーには僕の死は知らされた。

つまり僕は親族とバンドメンバー以外には知られることなく死ぬ事ができたのだ。

人を悲しませずに、何事もなかったかのようにうっすらと記憶から消えてゆく。

僕はそう安易に考えていたのだが、よく考えてみれば街中で銃殺なんて立派な大事件である。

僕の死はあまり知られずに済むどころか、全国ネットで放送されて知らない人にまで知られてしまった。

おかげで葬式には思った以上に人がきた。

デートの女の子も来ていた。

彼氏は一緒ではなかった。

僕の知り合いではないからそれは当たり前なんだが、どうせならデート感覚で腕組ながら参列して、死んでからまでも僕の心を傷つけてみやがれと思った。

葬式はいたく暇だったので、終始僕はいろいろ考えていた。

そうだ、僕はやっと死んだのだ。

数ヶ月前に本気で願っていたことがとうとう叶ったのだ。

これからは何もかもなくなる。

僕のすべては終わったんだから、かなり気が楽だ。

魂なんてあるわけないし、生まれ変わったりもしない。

僕はもう存在しないのだ。

僕はそれからこの19年間と数ヶ月のことを回想してみた。

とはいえここ数年間の記憶しかないから、あまり懐かしい気持ちにはならないんだが。

僕は散々悩んだり苦しんだりして自分を不幸にしていたけど、いざこうして終わってみると総合的になかなか幸せだったんじゃないかと思った。

生きている間は幸せだなんて思わなかった。

思い込ませていたことはあっても、本当に幸せではなかった。

しかし終わってしまえば何故かそれもよく見えてしまうのだ。

不思議なもんである。

それから、もうちょっと苦しむことが出来たなと思った。

もうちょっと死にたいと思うまで自分を追い込むことが出来た。

そうして極限まで自分を追い込むことができれば、心置きなく死ぬことが出来たのに。

まだその部分に余裕があったために、僕はこうして生きていた時の世界が少し名残惜しく思えてしまうのだ。

そうやって考えているうちに、葬式は終わった。

テレビでは、僕の生きていた時のまわりのレアキャラ達が事件についてインタビューにこたえていた。

高校時代の同級生

「ちょっと変わった子でしたけど、クラスの誰とも仲良く出来るし、あまり人に嫌われたりしない子でした」

中高のときはクラスでは浅く広く仲良くするタイプだった。

さほど嫌われないのはさほど好かれないからだ。

大学のサークルの仲間

「ちゃんと自分を持っていて、それを曲げない人でした。面白い人でした」

元バイト仲間

「無口で変り者だけど、真面目な性格だったと思いますよ」

僕はそれらを見てなんとくだらないんだと思った。

1ヶ月ほど経って、みんながそろそろ悲しむのに飽きて僕のことを忘れようとしていた時に、犯人が捕まった。

僕は犯人なんかどうだっていいと思っていたが、仏壇の前で「犯人見つかったよ、よかったね」と泣きながら言われると、よかったのだと思わざるをえない。

その翌日に、デートの女の子は彼氏と別れた。

僕にとってはむしろ犯人よりそっちの方が気になるニュースだった。