だいたいの女の子は、メールを無視する。
それは僕がケータイを持って以来学んだことだ。
何通かメールのやりとりをしていてもいきなり途絶えてしまって、あたかもメールなんてしていなかったですよ、といわんばかりのシカトである。
僕は確かに、メールのやりとりをしていた。
しかしその事実が突然塗り替えられて、メールのやりとりは行われていなかったことになる。
どうして僕は無視されることをわかっていてメールをするのだ...。
何も僕は無視されるためにメールをしているんではない。
でも、女の子にはメールを無視される。
これはもしかして、無視されるためにメールをしているんじゃないだろうか。
もはやここまで来て僕はメールを無視されることに慣れ、女の子はメールを無視する生き物だと思い、そういう意識を持ってメールを送っているわけで、そう考えると僕は無視されるためにメールをしているのかもしれない。
しょぼん。
だいたい女の子からしてみれば僕とメールするなんてボランティアと変わりないのだ。
<奉仕活動エライエライ>
アドレスを交換することが出来ただけでもありがたいと思わなくてはいけない。
何をしたいか何を求めているかと聞かれたら多すぎて答えられない。
しかしその欲望はどれもこれも大して価値のないものばかりである。
そもそも欲望に価値なんてないのかもしれない。
欲望に価値を見出した瞬間に、人間は
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あ、いや特に何も思い浮かばなかった。
でも生きるのに意味がないのと同じように、欲望に価値はないと思っといた方が良い。
話を元に戻すと
つまり女の子にメールを返してほしいという思いは、僕にとって価値のない欲望である。
ということが言いたかった。
少し前、女の子のあまりのメールの返さなさに悔しくなって、反撃をしたことがあった。
久々(それこそもう、半年ぶりとかそれくらい)にある女の子からメールが来て、僕の気持ちを思い知れと思ってそのメールを放置した。
しかしやっぱり何だかとても申し訳なくなって、悲しくなってきて、結局返信してあげたらそのメールは返ってこなかった。
それでも女の子にはメールを返してほしいと思うこの僕は懲りないばか者なのか。