のなめブログ

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ホテル・カリフォルには

昨日大学から帰る途中友人に出くわした。

実はこの日この友人に出くわしたのは3回目であった。

彼は空気が読めないということで僕を含め色んな人から煙たがられているけれど、話しやすいので一緒に帰った。

主に就活のことについて話し合っていて、多摩動物公園の駅に着き電車に乗ったところ、彼の友人らしき人が同じ電車に乗ってきた。

彼は顔が広い。

そして顔が長い。

友人の友人はまた何とかいうグループに所属していて、色々なイベントにも顔を出していて、顔が広いようだった。

そして、僕と友人の友人の間に共通の知り合いはいないかという話になって、「どんなところに所属しているの?」ときかれたときに僕はドキッとした。

「僕は○○のメンバーです」「僕は○○に所属しています」と自信を持って答えられるものがなかったのだ。

言われてみれば、サークルというものにも一応所属していたことはあったし、ゼミにも小規模ではあるが所属しているのだが。

でも僕という人間の色を表す客観的な要素として「これに所属している」ときっぱり断言できるものがないことが、劣等感を感じさせた。

大学生活を無駄に過ごしてきたように感じさせられた。

僕は今までバンドを一生懸命やってきて、それが僕のアイデンティティに大きな彩を添えるものとなったわけだけれど、「所属」という感じではないなと思う。

別に何かに所属していることがそんなにいいことだとは思わないが、たとえば今回のように知らない人に自分を紹介する際に「何とかかんとかに所属しています」なんて言えたら、もし相手がその所属団体を知っていたらそれだけで自分のことを多少はわかってもらえるし、知らなかったとしても「こんなことをしている団体です」といえばわかってもらえる。

「僕はTHE MUSICIANSというバンドに所属してます」と言ったところで、「あーバンドやってるのね、で本業は何してるんですか」という具合になる。

つまりやっていることをやっている人から見れば「バンドに所属している」なんてのは「趣味は犬の散歩です」という自己紹介をされるのと一緒で、「でアンタ普段は何してるの」と思われてしまう。

ワイドショーでえらそうに何か語っているおっさんの肩書きが「コメンテーター」だったりすると、我々は「まさかこのおっさんワイドショーのコメントだけで食っているわけではないだろう」と思い「じゃあ本業は何なんだ」と首をかしげる、あれと似たようなものである。

自民党の議員にはその人個人の考えがどうあろうと「自民党」のイメージがつくし、共産党の議員もまたそうである。

だが無所属の議員はよくわからないのだ。

THE MUSICIANSのメンバーには悪いかなと思うが、世間から見たバンドの認識とはたかがそんなものだろうと、これはあくまで僕の主観であるがそう思っている。

それが僕にとって大きな問題なのか、僕の意識次第で小さな問題になりうるのかは、今の時点ではよくわからない。