のなめブログ

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ぶるぶる(1)

今年の春、一人で東京に旅行に出かけた時のことだ。2、3日だからと言って一人暮らしの兄のアパートに泊めてもらえるようお願いした。

兄は快く了解した。ただ、バイトで家にいないから東京案内は出来ないよ、と言っていた。

私はそれでよかった。東京には何度も行ったことがあって、案内されなくても行くべきところはだいたい知っていた。寝る場所さえ確保できればそれでよかったのだ。

私と兄は中野駅で正午に待ち合わせをした。中野は私が来たことのない街だった。何となく東京らしくない街だな、と思っていると間もなく兄が現れた。

久しぶりに見る兄は、背が高くなったように見えた。服装や髪型も、最後に見た時よりもはるかにさっぱりした印象だった。ジャケットが似合ってないとは思ったけれど、これがファッションの最先端なのかもしれない。彼らが洋服を買うのはジャスコでもなければしまむらでもないのだ。

兄はまずアパートまで連れて行ってくれて、荷物を置いてすぐに喫茶店に行った。狭い階段を下りた地下に木の扉があり、中に入ると若い客が店主らしき人と世間話をしているようだった。兄は「あんま美味しくはないけど安いからここで勘弁して」と言っていた。東京に住んでいると、兄のような人でもこんな洒落た喫茶店に通うようになるのだろうか。

私はオムライス(550円)を頼み、兄はカレーライス(550円)と野菜ジュース(200円)を頼んだ。兄は「飲み物頼まないの?」と聞いたが私は遠慮した。本当はのどが渇いていたけど、珍しく兄がすすめるので何となく遠慮したい気になった。

料理が出てくるまで、私はあまり喋らず兄の様子と店の内装を交互に観察していた。兄は私に色々話しかけてくれた。部活はどうかとか、成績はどうかとか、両親は元気かとか。きっとそのどれも兄にとっては関心もないようなことだったのだろうと思う。でも兄は私の答えにいちいち頷いたり驚いたりしていた。私が何をしに東京まで来たのかは、兄は聞かなかった。私はいい兄を持ったと思った。

料理はしばらくして出てきた。オムライスはとても美味しそうだった。ぷっくりと美しく膨れ上がった卵に、普通よりもとろみのあるデミグラスソースがかかっていて、その上からさらにクリームソースがかかっていた。スプーンで一口サイズにすくってみる。卵は見た目よりも柔らかくて、中のチキンライスには野菜がたくさん入っていた。口に入れてみると、それは私が世界一美味しいと思っていたジャスコのフードコーナーのオムライス(デミグラス・デリシャス・デラックス、通称DDD)の百倍美味しかった。しかもDDDより200円も安い。

私がオムライスに感動しているうちにいつの間にか兄はカレーライスを完食していて、「これからバイトだから。7時に終わる」と言って2000円と鍵を置いて先に行ってしまった。私はただ兄の急ぐ姿を目で追うだけだった。

私はゆっくりとオムライスを味わって、それからお金を払って地上に出た。兄について色々と考えながら街を歩いた。

私たちは恋人に見えていたかな。兄に恋人はいるのかな。かっこよくなってたもんなぁ。