何気ない日常。
いや、何もない日常という方が正しいかも知れない。
二人の楽しい日々は、もう思い出せないほど遠くへ去ってしまった。
僕がそこから歩きだしたわけじゃない。
思い出の方から去っていったんだ。
何を喋ったのか、どこへ行ったのか、何で笑ったのか…
忘れようという努力もなく、忘れまいとする努力もなく、いつの間にか消えていった記憶。
飛行機雲が、少し目を離した隙に消えてしまったようだ。
僕は今も、あの頃と変わらない生活を送っているはずだ。
大学も通い続け、バイトも辞めていない。
小さくて小汚い部屋に押し込まれたように寝て暮らしている。
たった一つ違うのは、独りだということだ。
それだけで世界がこんなにも違って見えるとは。
この部屋だって、あの頃は二人の距離が近くなるから狭くても好きだった。
今は窮屈でたまらない。
窮屈なのは僕の心の方か?
無気力な日常と無機質な毎日。
ここからは何も生まれない。
何か日常に変化をもたらすきっかけとなるものがあれば、どんなに小さなことだっていい、この光の見えない洞窟生活に、1ミリの光の粒でもあれば、少なくとも今よりは意味のある生活が送れるかも知れない。
幸せになんかならなくったっていい。
最悪不幸になったっていいと思っている。
意味のある生活を送りたい。
これでは死んでいるも同然だ。
生きている意味がない。
生きている感覚さえ失っている。
もしかして僕は生きていないんじゃないだろうか?
何時の間に僕は死んでしまったんだ…?
だめだ…ここまで思考が先走ってしまうと現実味に欠けた単なる妄想になってしまう。
もう考えるのを止めよう。
バイトの帰りなんかは自転車でただ30分も走っているだけで暇なので、こんなことばかりを考えている。
何度考えても、その内容は大して変わらないのだ。
結論はいつも同じ。
今日も僕はいつものように考え事をしながらバイトから帰ってきた。
この時間に帰ってきたって飯を食うのは面倒だからすぐ寝てしまうんだ。
部屋に入るなり、風呂に入るというアイディアも思いつかずすぐさまベッドに潜り込んだ。
何か日常に変化…。
今日もやっぱり何も思いつかないので、諦めて電気を消した。
その時だ。
僕は、明らかな違和感を覚えた。
何かが変化していた。
僕はその変化が何であるか始めは気付かなかったが、仰向けになって寝た途端、天井の異変に気が付いた。
牛の乳だ。
牛の乳がいっぱい、天井から生えてきている。
同じ色、同じ形、同じ大きさの牛の乳が、いくつも綺麗に整列して、僕の部屋の天井にへばりついている。
僕は驚いて、ベッドから飛び起きて電気をつけた。
………………(続く)