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ハッピー・バレンタイン

バイトをしていたら、お客さんにチョコレートをもらった。

中学生くらいの女の子だった。

よかったら食べてくださいって。

バレンタインの日にまともに女の子にチョコレートをもらうのなんて、人生で2回くらいしかない。

その女の子には見覚えがないし、たぶん常連客ではないと思う。

家に帰って開けてみると、チョコレートと一緒に手紙も入っていた。

名前と、電話番号だけが書いてあった。

042から始まっているという時点で確実に家電の番号だった。

僕はチョコを渡されるというところまではギリギリ理解できたが、番号が書いてある意味はよく理解できなかった。

しばらくこの番号が示す意味を考察して、起こりうる様々な事態をシュミレーションしてみた。

きっといたずらか何かだろうと思った。

僕はこんなベタな罠にひっかかるほどやわな童貞ではない。

しかし結局電話をかけてしまった。

罠だったとしても、物をもらったのだからお礼を言うのが社会人として(大学生だが)の常識というものだろう、ということにして電話をかけることに決めたのだ。

なんと、親父が出た。

何だか、一番めんどくさいパターンになったなぁ。

「あの、どちらさんですか」

ええと。

こういう場合どのように娘さんとの関係性を説明したらよいのだろうか。

「ひが(仮名)と申します。あの、○○さんはいらっしゃいますか」

「ええと、どちらさんでしょう」

親父が聞きたいのは僕の名前ではない。

僕と娘との関係である。

「私セブンイレブンでアルバイトをしている者なんですが、先ほど勤務中○○さんにチョコレートを頂いたのでそのお礼を申し上げようと思ってお電話させていただきました」

と言ったほうがいいのか、でもそれって電話の理由としては不自然で僕が不審者みたいではないか、でもそれが本当のことだから説明した方がいいのか、どうなのか。

しばらく迷って黙っていると親父の方が喋り始めた。

「あんた○○の彼氏か」

「いえ、違います。チョコレート貰っただけなんです」

この僕のセリフは、「私セブンイレブンでアルバイトをしている者なんですが、先ほど勤務中○○さんにチョコレートを頂いたのでそのお礼を申し上げようと思ってお電話させていただきました」という説明があらかじめなければ、ただの頭のオカシイ人のセリフになる。

「あんた何者だ?娘に何の用だ?」

「あの、チョコレートを頂いたのでお礼を言おうと思いまして電話しました」

僕は自分が何者であるかを説明することをすっかり忘れ、すべて説明すべき事情を説明したつもりになった。

「娘はまだ帰ってない」

「あ、そうですか。じゃあ...失礼します」

自分でも状況がよく飲み込めていなかったせいで冷静になれなかったので、「よろしくお伝えください」も言えなかった。

「ちょっと待て、あんたうちの○○に何する気だ」

うわ、親父興奮してる。

「いやっ、だから...お礼です」

「あんたの考えてるようなけがらわしい"お礼"なんか娘は望んでない!」

最終的に変な勘違いをされて怒られて電話を切られた。

親父は何を想像してしまったんだ。

僕はいやな気持ちになって、寝た。

朝早く電話が鳴って、僕は起こされた。

電話に出ると、昨日の親父だった。

「あんたうちの娘に何した!?」

「何もしてませんよ」

「体中ボコボコで傷だらけになって帰ってきただろうが!!」

「知りませんよ」

「怪しい奴はお前しかいないだろうが!!」

「僕寝てただけで何も知りませんって」

「お前今どこにいる」

「家です」

「今からお前んち行くからな、場所教えろ場所!!」

嘘をつけばこのめんどくさいのから逃れられるかもしれない。

でも嘘をつけば余計ややこしくなるかもしれない。

というか僕は別に悪いことは何一つしていないのに、何故嘘をつく必要があるのだ。

堂々としていればいいじゃないか。

僕は本当の住所を伝えた。

どちらにしてもめんどくさいことにかわりない。

僕は親父に完全にビビッて落ち着きがなかった。

貰ったチョコでも食べて落ち着こうと思った。

親父は来なかった。

代わりに、○○ちゃん本人が来た。

「あの、たくさん迷惑をかけちゃってすいませんでした」

「いや、いいんですけど......ケガの方は?」

勤務中ではないが、僕と彼女との関係は「店員と客」以外に名前のつけようがない関係なので、年下だが敬語で話した。

「ケガ?してないですよ」

「えっ、ボコボコで傷だらけってお父さんに聞いたんですけど」

「いや、普通に何もないんですけど」

もう、わけがわからなすぎた。

「もう二度と迷惑かけませんから。本当にすいませんでした」

謎を解明しようとするのはめんどくさいので、さっさと帰ってもらおうと思った。

「いや、いいよ。夜遅くなっちゃったけど一人で帰れるかな?」

知らない間に敬語じゃなくなっていた。

「大丈夫です。彼氏と来たんで」

「はっっっ!?」

暗闇でよく見えなかったが、遠く向こうにバイクに乗った男の姿があった。

少女は帰っていった。

中学生かと思っていたがかばんを見たら高校生だとわかった。

それにしても、彼氏がいたのか。

この一連の出来事が何だったのか、状況が最後まで理解できなかったのだが、それよりも何か負けた感があって悔しかった。

最終的に馬鹿にされたような気持ちになった。