女の子とお話をして笑わせるのはとても楽しいことだと思った。
彼女の笑顔を思い出しながら―それは額縁に入れて立派な絵になってしまいそうなすばらしいものであるが―歯を磨こうと思って洗面台の前に立つと、鏡の向こうの自分は牛乳ひげがついていた。
やれやれ、何をやっているんだ。
おまけに前髪くるっくるしてるじゃないか。
僕は人びとに笑いを提供し、人びとは僕にそれだけを求める。
そういう関係なので、僕の前髪がくるっくるしていようと、筋肉がなかろうと、見識が狭かろうと、人々はそんなことはどうでもよいのだ。
あれ、そんなことを書きたかったんじゃないのに。
僕は牛乳ひげを拭いて前髪を少し前に流してまっすぐしてやった。
歯磨きをしながら今日のこと(日づけ的には昨日のことになるわけだが)を思い出したり、明日の行動予定を考えたりして、それから大学入学以降に出会った色んな女の子のことを考えたりした。
僕は本質的には人間が好きなんだろうと思った。
歯磨きをしながらまたぐるぐると色んなことが僕の脳内を駆け巡り、いつの間にか抱きしめるという行為が持つ意義について考えていた。
僕は抱きしめるよりも抱きしめられたいのだと思う。
それは僕に抱きしめる権利などありはしないという発想から生まれるものだろうが、そういうことを考えているうちにふと我にかえって思った。
何を考えているのだ僕は。
牛乳ひげに髪くるっくるのやつが"抱きしめるより抱きしめられたい"とか言ってんじゃねーよ。
僕はだんだん自分にイライラしてきた。
彼女の笑顔(の残像)もそのイライラをとめることはできないようだった。
僕は歯磨きをしながら首を横に何度も振った。
あふれ出そうなよだれをズズズと吸って、再び正気にかえった。
カルシウムが足りてないんだな。
僕は牛乳をもう一杯飲むことにした。