あ、あれ?
見えない。
黒いものが見えない。
髪の毛も瞳も、ノートの字も、黒い部分だけ見えない。
変な病気にでもかかったかしら。
私は暗い部屋を出て、外を歩くことにした。
あ、わかった。
黒い部分が見えないんじゃなくて白く見えるんだ。
その世界は気持ち悪かった。
白い背景に黒い字の看板は何が書いてあるか全く見えないし、通り過ぎる人を見てみたら目は白目しかないし、みんな白髪だ。
ゴミを荒らすカラスも真っ白。
アスファルトも白。
雪国のようだ。
そのうち、この世界のだいたいのものが黒い色をしていたことに気付いた。
今見える世界がほとんど白だからだ。
これも白、あれも白。
学生服の中学生も白。
ゴミ屋敷のようなボロ家も白。
切符の裏も、バーコードも、レコード盤も、コカ・コーラも、タイヤも、背広も、サングラスも。
あははあはは、これだけ白いと楽しいな。
あれ、あの人はおなかの部分だけ白いな。
ああ、腹黒いってことか。
ははは。
あ、あの人は頭のところが白い。
脳みそが真っ黒なのか。
きっと悪い奴だ。
ははは。
ふと鏡を見つけて覗いてみると、そこには全身真っ白でなんだかわからない自分がいた。
え、私はこんなに純粋で誠実な人間じゃないか。
何で全身真っ白なんだ?
鏡を見つめていたら、後ろから突然「何やってるの?」と知らない女の子が話しかけてきた。
その子は真っ黒だった。
あれ、黒が見える。
なんだかきいたことのある声と見覚えのあるようなシルエットだけど、誰だか思い出せなかった。
私はその子に、「私、何色に映ってますか」ときいてみた。
女の子は私を無視してボケッと突っ立っていた。
「ねえ、何色に映ってるか教えてください」
女の子はまた私を無視した。
真っ黒な女の子はだんだん輪郭が滲んできて、ぼやけてきた。
「ねえ、答えなさいよ」
女の子はついに口を開いて、
「黒!」
と一言私に告げると、一瞬彼女の身体が白みがかってすぐに消えてしまった。
あれ、あれ?
いつの間にかあたりは白一色で何も見えなくなっていた。