ある後輩の女の子がとてもいい感じなので、飲みに誘ったり頻繁に電話をかけてみたりして距離を縮めていこうとしていた。
でもどうやら社会人の彼氏がいるらしい、と先週知らされた。
「ま、本気で狙ってたとかじゃないしいいんだけどね!」
とは友達の前では言うけれど、少し舞い上がっていた自分が恥ずかしかったり「社会人」ブランドに太刀打ちできない自分を情けなく思ったりする。
ささやかな慰安を求めて、僕は君と会う約束を取り付けた。
だいたい僕は女の子と話すときは聞き役になる。
女の子は話を聞いてもらいたい生き物なのだ、とどこかで聞いたことがある。
でもこういうときは僕のほうから話をしたい。
うんうんと黙って僕の話に頷いてくれていればそれで良い。
しかし君はそんな僕にお構いなしで、自分の彼氏や友達の彼氏の話をするのだった。
そのマシンガントークに僕の弱気なプチ失恋話をはさむ隙間はなかった。
「一生に一回くらいは外人とヤってみたいんだよねぇ~、あ、もちろんアジア系じゃなくて欧米の人ね!(笑)」
君がこんな発言をする度にいちいち僕はドキリとする。
「でもね、付き合いたくはないの、言葉大変だし宗教とか面倒だから」
僕は君の恋愛観に嫌悪感を覚えながらも、君に惹かれる部分が多いことも認めている。
でなければこういう日に君を呼ばない。
2時間ほどぶっ通しで喋って疲れたのか、君は静かになった。
「店をかえよう」
僕がそう提案した時には夜10時を過ぎていた。
2人で外の空気を吸いながら夜風にあたっていると、それだけで僕はもう後輩の女の子なんかいいやという気持ちになった。
「お酒を飲みたい」
と君が言うので、小さなイタリアンダイニングバーに入った。
カウンターがあって、最低限必要なリキュールが棚に並んでいる。
照明が暗すぎないのがいいと思った。
「で、今日は何か用があって呼んだの?」
と突然君が迫るので少し焦って、
「いや、特に…何か会いたいなと思ったんだよ」
と答える。
「ふーん…何か会いたくなるような出来事があったんじゃないのー?女の子にふられたとか!」
そこまで見通されると話さざるを得なくなった。
君が経験した修羅場に比べたら屁でもない話だな、と思いながら僕は誰かに慰められたくなった経緯を語った。
やはり君の反応は僕が求めていたのと全く違った。
「いいなぁ~社会人…どうやってゲットしたんだろ」
だから話したくなかった。
いや、一番初めは話したかったのだが。
「オトナな恋してんだろうねー」
僕はウィスキーを飲むペースが早くなっていた。
君は甘ったるいカクテルを半分くらい残している。
「まあその子一回くらいならヤらしてくれんじゃない?」
「別にヤりたいから近づいてたわけじゃないよ」
ヤりたいけどね。
「あのねえ、もうすぐ就活だよ?大人の世界の入り口に立とうとしてるわけ!もっと色んな味を知らなきゃダメでしょ」
言葉の上ではそれは合っていた。
でも別問題だと思う。
説教モードに突入されてはたまらないので、僕は別の話題を探した。
「再来週の金曜の夜空いてる?」
「再来週の金曜日…?って私の誕生日じゃん、旦那と過ごすから空いてないですー」
僕の誕生日は君が暇をしている限り一緒に過ごしてくれる。
でも君の誕生日は一緒に過ごしたことがない。
毎年違う彼氏が君の誕生日を祝う。
ちなみに彼氏を「旦那」と呼んじゃうところも僕は快く思っていない。
「一度くらい祝わせてくれよ」
「やーよ」
「どうせ今の貧乏彼氏じゃたいしたプレゼントもないだろう?」
「あのね」
と少し間を置いてから君は言う。
「職がないだけで別に貧乏じゃないんだから」
「早くそんなニート野郎と別れちまいなよ」
とは言えない。
毎年僕は自分の出番を待っている。
僕は君にとって何番目の男なのか。
以前君に好きだと言った時、僕からは何も得られないという理由で断られてしまった。
そういう思考が既に僕と完全にずれている。
つまり僕は何かを得るために君を好きになったんじゃないんだ。
恋愛を通して大人になる?
成長する?
ばか言うな。
そりゃ確かに僕が恋人になって成長できるかと言われたらそれは難しいだろうと思う。
でも恋ってそういうことじゃないだろ?
突然ガツンときて体から心から離れなくなるんだ。
その感覚を共有できない女なんか好きになれない。
でも君が好きだ。
どうしよう、僕は、どうしよう。